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「労務監査」の勧め⑥ [5-監査事例]

労働安全衛生の領域は広く、課題も多いため、もう少し解説させていただきます。

 

(2)メンタルヘルスを含む「健康管理プロセス」についても、同様の改善提案を進めました。

基本は、内部統制の要素(統制環境・リスク・計画・運用・コミュニケーション・モニタリング)です。

①統制環境=健康管理意識の醸成(組織責任と個人責任の意識づけ)ができているか?

②リスク評価=(メンタル問題のリスク、職員高齢化に伴う健康リスク等)が適切か?

③計画=年次単位の健康管理計画は適切に策定されているか?

④運用=健康管理教育と健康診断などの運用管理はされているか?

⑤コミュニケーション=健康報告(内部通報や報告の仕組み整備)の仕組みはあるか?

⑥モニタリング=定期的なモニタリング実施はされているか?

⑦モニタリング結果から改善がされているか?

これらの項目で、人事部の業務プロセスを点検することにしました。

 

幸い、人事部内には「健康サポート課」が設置されており、課長とともに、運用状況について相談も進めることができました。

恥ずかしい話、こうした取り組みに入る前には、全員受診が求められる「定期健康診断」の受診率が低く(リーガルリスク)、2次受診の実態も皆無に近い状態でした。健康被害リスクへの対応は不十分と言わざるを得ない実態にありました。また、勤務中に倒れるという痛ましい事故も発生していましたし、メンタルの問題や病気による休職者も少なくありませんでした。もちろん、検診制度や健康管理相談(保健師配置)、産業医委託などの法的要件は満たしていましたが、真剣味という点では疑問がありました。

まずは、人事部内の危機意識の醸成が必要だと考えました。法令リスクももちろんですが、何より、職員の命を守る事が最も重要であり、そのために健康管理プロセスの強化が重要であることを、人事部のみならず、管掌役員も含めた意識改革を進める必要を感じました。そのためには、初めの監査で、じっくり時間をかけて、不備事項を抽出し、重大な損失につながる事をアピールする必要がありました。健康サポート課長は保健師でもあり、職業上「健康管理やメンタルヘルス」に関する知見は充分に持っていましたが、マネジメント(プロセス運用)に関しては未熟でした。ですから、プロセスの有効な運用についてはしっかりの話し合いを行いました。

取り組みを始めて、3年目には健康診断受診率は100%を達成しましたし、2次受診率も飛躍的に向上しました。同時に、診断結果に基づき、就業に不安のある職員は、職場異動や業務変更の対策も取られるようになりました。

職員の高年齢化や定年延長・再雇用の拡大等により、健康不安のある職員は今後増加すると予見されます。そのためには、組織として「健康管理プロセス」を強化することが極めて重要になってきています。まずは、管理プロセスの整備から進めることを提案します。

 

(3)「ハラスメント問題」は、労働安全衛生とは少し趣の違う問題です。

多様な雇用形態となる中で、価値観も広がっています。もはや、生協内の常識は非常識であるという認識で捉える必要も生まれてきています。上司が部下の業務成果について厳しく指導する事が「パワハラ」だったり、体調を心配して「大丈夫?」と声掛けすることが「モラハラ」となったり、女性から男性への「セクハラ」訴えがあったり、なかなか難しい社会状況になってきています。

おそらく、この問題は今後も人事部の頭を悩ます問題だと思います。

ただ、少なくとも、「訴え」を公正な立場でしっかりと受け付ける仕組み(内部通報制度や悩み相談等)を整備し、周知することが重要でしょう。

監査の際には、まず、内部通報・相談の受付状況や記録、問題に関する判断や具体的な調査・対応、管理トップ(人事管掌役員)への報告状況について点検しました。個別案件の内容に立ち入るのではなく、仕組みとして有効かどうかが監査の最重点です。したがって、相談件数がある事を問題にするのではなく、相談が適切に受け止められ対応されているかについて検証することになります。

3000人もの職員を抱えていれば、相談が全くないということは考えられません。また、それが散発的なのか、集中しているのか、また、同じ職員から再三訴えはないかという視点で記録を確認することに重点を置きます。重要なのは、些細な事でも相談できる環境を組織としてどこまで準備できているかであり、相談した場合に、個人が守られる仕組みが整備されているかでしょう。

その点を監査では人事部とディスカッションします。同時に、マネジメントにおいても「内部コミュニケーション力を高める」訓練ができているかも確認します。ハラスメント問題の根幹には、コミュニケーション不足があります。意思疎通ができていないと、同じ言動でも、ハラスメントと受け取るケースが多くなるからです。もちろん、明確なハラスメントもありますので、注意すべきだと思います。

 

全体を通じて、現在の組織運営において、「人の管理」は極めて難しい状況にあり、リスクの高い領域に間違いありません。訴訟につながるリスクも高く、慎重に取り組むことが求められています。多くの組織で、この問題は、たいていの場合、人事部局の専門領域という認識にあり、他の部門のリスク認識が低い傾向にあります。しかし、問題の本質は現場のマネジメントにあるわけですから、全ての組織でリスク認識を持ち、取り組んでいかなければならないはずです。

内部監査は、組織を横断的に監査・監視できる唯一の部署です。業務監査やテーマ監査を通じ、労務問題を常に重要監査項目にあげて、注力することが必要だと考えます。また、労務問題は他の課題に比べて、是正・改善に時間が掛かる問題という認識に立って、一つ一つ課題を整理し、有効な改善策を丁寧に低減する姿勢も必要だと思います。

一方で、労務問題が改善することで、リーガルリスクへの対策だけでなく、人件費の問題、人材採用や育成に関する問題など、これからの組織経営における重要な課題に内部監査のアシュアランスとアドバイザリー機能を発揮して、貢献できることは明確で、とてもやりがいのある監査テーマだと理解しています。


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