「労務監査」の勧め② [5-監査事例]
基本的視点は前述のとおりですが、実際にどのような監査になるのかをプロセスで整理します。
■監査プロセス
①監査対象
当然、人事労務の管理部署(人事部等)が対象となるわけですが、それだけでは片手落ちです。労働関係法令は基本的に事業所単位の遵法が求められるため、事業所単位で、監査をすることが必要です。したがって、定期業務監査と経営監査を組み合わせた監査を展開する必要があります。
②監査項目
これは「リスクベース」視点で抽出することになります。しかし、初めから適正なリスク評価ができるわけではありませんから、労務管理の基本となる「就業規則」「雇用契約」の点検から取り組むことが有効でした。これにより、自組織における労務管理の基本的な考え方を理解するとともに、法令チェックも同時に行うことになるからです。
労働基本法や労働関係法令は、運用細則や課長通達などまで含めると、絶えず変更されています。特に、大きな社会的事件が発生した後、運用細則が変更されたり、周知のための課長通達が出されたりするなど、注意して対応し、就業規則等の変更を行わないと法令違反になりかねません。そうした変更手続きのプロセスが構築されているかもチェックポイントになります。
③実際の監査項目(ワークシート)
事業所単位の監査の際には、以下の様なワークシートで項目を設定していました。
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就業に関わる事項(労務管理) |
1) |
●規程・基準・手順 |
2) |
●自部署の労務管理上のリスク評価 |
3) |
●管理体制 |
4) |
●教育 |
5) |
●運用(1) |
6) |
●運用(2) |
7) |
●モニタリング |
8) |
●不適合管理 |
9) |
●是正・改善:違反・問題発生後の是正・再発防止策の有効性 |
10) |
●IT対応 |
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安全衛生に関する事項(労務管理) |
1) |
●規程・基準・手順の理解 |
2) |
●労働環境・労災などの安全衛生上のリスク評価はできているか? |
3) |
●管理体制 |
4) |
●教育・訓練 |
5) |
●運用(1) |
6) |
●運用(2) |
7) |
●モニタリング |
8) |
●不適合管理 |
9) |
●是正・改善:違反・問題発生後の是正・再発防止策の有効性 |
10) |
●IT対応 |
事業所単位の監査は、終業にかかわる分野では5)から8)の「運用」に関わる項目が、安全衛生に関する分野でも、「運用」に関わる項目が重点になります。ここで得られた監査結果から、人事部対象とした「テーマ監査」の証拠として整理したものを準備することになります。
④テーマ監査の項目(ワークシート)
年度ごとで重点は変わりますが、初年度のワークシートは以下のようになっていました。
A:勤怠管理 |
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1.労働時間の管理 |
1.時間管理データの有効性チェック 2.実態調査の実施状況 3.時間外の認定方法 |
2.勤怠指導(時間短縮の取り組み) |
1.36協定違反発生の確認 2.事業所指導体制 |
B:労働安全衛生 |
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1.労災事故管理 |
1.事故発生状況確認 2.再発防止策の有効性確認 3.事業所指導実態 4,報告・補償対応 5.労災規程の点検 |
2.健康管理 |
1.健康診断の実施状況 2.産業医の勧告 3.メンタルヘルス問題の把握 4.緊急事態発生時対応 |
3.安全衛生委員会の運用 |
1.中央労働安全衛生委員会・職場委員会 2.職場巡視活動の状況 3.遵法対応点検 |
今、振り返るとかなり稚拙な内容だったことが判りますが、当時、人事総務部への監査ではかなり突っ込んだ指摘を行っていました。
その後、監査項目を見直し、標準項目として以下の様に整理しました。
A:計画・方針 |
1.年度計画・方針の確認―重点確認 2.リスク評価と対応状況確認 |
B:コンプライアンス点検 |
1.労働関係法の改定状況の把握 2.労働関係法令への適用状況確認 ・労働基準法―周知 ・労安法-安全衛生管理者の届け出・資格取得・労災報告等 ・道交法-安全運転管理者届出等 |
C:人事管理 |
1.年度人事計画の確認 2.研修等育成計画の進捗確認 3.評価制度の運用確認 |
D:労働契約等の管理 |
1.パート・アルバイト雇用契約の管理確認 2.給与・時給等の運用確認 |
E:就業(時間・休日)管理 |
1.勤務時間管理の運用確認 2.休日取得状況の確認 3.業務改善・時間短縮の取り組み確認(時短委員会開催) |
F:安全衛生管理 |
1.労働災害の管理状況(発生・再発防止策) 2.健康管理(定期健診・2次検診等)の運用状況 3.メンタルヘルス・休職等の管理 4.ハラスメント問題などの把握状況(内部通報含む) 5.安全衛生委員会の開催確認 |
G:安全運転管理 |
1.交通事故発生・交通違反の管理 2.安全運転教育の運用確認 |
■上期・下期継続監査スタイルの採用
労務管理は対象領域が広い事から、上期と下期に分けて監査する事にしました。
〇上期には、主に計画やルール・法令点検(A/B/C)を中心に実施しました。
・ 狙いとしては、早い段階で計画や方針を確認し、リスク対応ができているかを点検することで、年度内で修正が進められる事が優位だという事です。また、法令点検も早期に行う事で、不備への対応が進められリスク回避できると考えたからです。
〇下期は、リスクの高いプロセスの運用管理(D/E/F/G)に重点を置きました。
・ 下期になれば、労働時間や休日、労災は交通事故など、運用実態・結果データが揃ってきます。そして、その実態に対して、管理者や管理部局による改善指導や教育訓練の有効性といった点も見ることができます。より実態を反映した監査指摘ができるために、下期監査の重点項目としました。
この形で、4年ほど実施するようになり、人事労務に関する組織的課題を明らかにし、内部統制上の不備事項として、具体的な改善提案を行いました。同時に、人事部内のマネジメントの改善にも効果を発揮することができるようになりました。