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「労務監査」の勧め③ [5-監査事例]

労務監査を定期的に実施する中で生まれた、具体的な成果について許される範囲でご紹介します。秘匿義務がありますし、現実的な数値資料などを提示すると、労基法等に係る重大事態を招きかねませんので、ご容赦ください。

 

1.福祉事業部門の業務改善の進展

 

労務管理に関しては、福祉事業部門は、3Kとか5Kとか揶揄されるほど、厳しい実態にあります。

 

これは、単にマネジメントの問題では片づけられない問題に起因していることは、現場の職員は皆承知しているようです。特に、介護保険制度に基づく事業を主体に行っているところでは、「介護報酬の低さ=労働の評価の低さ」が経営問題となっています。待遇改善の上乗せ支給等の補完制度もありますが、基礎部分で、労働対価自体の設定が、根本的に低いのです。それでも、事業体として赤字は避けねばならず、おのずと、人件費の抑制に動くことになります。結果的に、職員不足や長時間労働が生まれ、管理職種においては「サービス残業」は黙認されてしまうような厳しい労働環境を作り出してしまいます。

 

私のいた生協では、正規職員・パート・ホームヘルパー等ざっと1500人以上の介護職員がおり、事業所数も、通所・短期入所・訪問介護・居宅介護支援・訪問看護等30カ所ほどありました。

 

人事部が取りまとめる「勤怠時間データ」(打刻データ)では、宅配事業・店舗事業・生活サービス事業・管理部門などと比較しても、著しい長時間勤務の実態がありました。

 

監査を始めた初年度には、36協定違反は、実のところ、半数以上の介護職員に見られるものでした。さらに、現場の業務監査によって、管理職(所長・事業別管理者)では、打刻後の就業(サービス残業)も確認されていました。

 

もっとも、深刻だったのは、そういう実態を、当の本人たちが「仕方がない」と安易に受け入れてしまっている事でした。問題がある事は認めつつも、改善はできないという諦めが先に立っていたのです。これでは、毎年、新規採用する職員やパートは長続きせず、結果として、年度途中に体制不足に陥り、サービス量を制限せざるを得ない状況を産み、結果として、収支改善はできないという負のスパイラルに陥ってしまうのです。

 

したがって、内部監査として、労務監査の着手の最初の課題を「福祉事業部門の労務改善」としました。

 

初年度の指摘(課題)は、「サービス残業の撲滅」でした。法令違反は明らかですので、反論の余地はありません。3ヶ月程度で8割以上の職員の打刻が変わってきました。明らかに、残業時間が増加したのです。当然、人件費は増加し、収支は悪化します。そうなると、課題は、福祉事業本部(管理部門)へ移ります。

赤字削減目標を掲げる福祉事業本部としては、費用をいかに抑制していくかを真剣に考えます。事業所の統合や管理職の再配置による管理経費の削減、赤字事業所へのテコ入れ、高家賃事業所の移転等、これまで「長時間・サービス残業」に甘えてきた経営スタイルの刷新を図る事へ舵が切られる事になったのです。

しかし、これはまだスタートに過ぎません。労働環境の改善(業務改善・時間短縮)こそ本丸なのです。物件費や管理経費の削減には限度があります。もともと、福祉事業の経営構造は、他の事業と比較すると、収入に対して人件費率が異常に高いわけです。経営改善には収入に見合った人件費率を維持することが重要であり、物件費抑制は経営効果が低いのです。

では、労働環境をどう改善するのか。答えは、現場にあります。事業本部でいくら頭をひねったところで、机上の空論に過ぎません。各事業所で管理者(マネジャー)を中心に、業務改善・時間短縮を真剣に考えることを、次の段階の監査指摘事項としました。

しかし、各事業所の管理者(所長・事業部門管理者)自らの課題にすることは容易ではありませんでした。先に述べたように、現場では「諦め」が蔓延しています。その中でも、管理者は、「犠牲的精神」の強い職員が任命されがちなのです。「問題は認識しているが改善などできない」と考え、自らサービス残業を受け入れてしまっている職層なわけです。

内部監査として、「法令違反が発生しているので是正するように」という指摘は簡単です。でも、実際、なかなか是正・改善は進みません。おそらく、そういう生協は多いのではないでしょうか?そのため、福祉部門への監査が及び腰になっているように感じます。

私は、この問題(長時間労働・サービス残業)を指摘するにあたって、事業所の経営構造(収支構造)とリンクして、管理者とのディスカッションに注力しました。

例えば、居宅介護支援事業(ケアマネ・ケアプラン作成事業)では、収入は、ケアマネの受け持ちプラン数と単価で決まります。どちらも、介護保険制度で上限や報酬が定められていますので、青天井というわけにはいきません。(ある情報では、いくつかの生協ではケアマネの受け持ちプラン数上限を無視しているところもあるようですが・・サービス品質の低下は避けられませんし、減算指導も覚悟すべき問題です。)要するに、ケアマネ人数とプラン数と単価の掛け算で収入は確定します。また、加算制度(ケアマネ人数・主任ケアマネ配置や定期的なケース検討など)で収入増加策も積極的に利用する事も重要です。

一方で、人件費はどうなっていくのか。ケアマネの基本業務(相談・サービス調整・プラン作成・モニタリング・サービス管理等)をいかに合理的に実施するかがカギになります。居宅介護支援事業では、ケアマネジャーは専任業務であり、他の干渉を受ける事はありません。新人も経験者も資格を有する以上、皆、同等に仕事ができます。言い換えると、「属人的業務スタイル」が基礎になってしまうわけです。どの業務にどれくらいの時間をかけるべきか、それぞれのケアマネに完全に任されているという事です。ですから、ケアマネには「セルフマネジメント(自己管理)能力」が問われるわけですが、そういう教育訓練など受ける機会はなく、結果として、それぞれ試行錯誤しながら自らの業務スタイルを作っているという状態です。同じ量の利用者を分担すれば、能力差による長時間勤務が生じる危険性があります。そして、管理者自ら、長時間労働を受け入れてしまっていると、だれも問題化しませんし、改善の動きなど生まれようもありません。(ここが最大の問題です)結果、収入と費用はアンバランスな状態になり、いくら頑張っても収支改善しない、いや、頑張って仕事をすればするほど人件費は上昇し、赤字が拡大するという構造になるわけです。このように、事業所の収支(赤字削減)目標達成には、時間管理が欠かせない、マネジメントの強化が重要であるという認識に行きつくまで、話を深める事が重要なのです。

それでも、すぐには、結果は生まれません。しかし、1カ所でも好事例が生まれれば、それを次の年には他の事業所へ伝える事にしました。通所事業や訪問介護事業でも同様のメソッドで、管理者とじっくり向き合い、話し合い続けました。そして、好事例を広げていく中で、改善事例が過半数を超えれば、それが次のレギュラー(標準)になっていくと考えたわけです。

この監査を進めることで、事業部門単位の話し合い(通所・訪問介護・居宅介護支援などの同事業所の部会)も進み、業務で使用する書式の統一や手順の整備、標準化が進みました。属人的になりがちな業務を標準化することで、個々の能力の違い(計画や調整能力、文書作成能力なども含め)を見ながら、管理者のマネジメントも向上したと思います。

私が退職する年には、福祉事業部門は、他の事業部門と比較しても、残業時間は大幅に削減されていましたし、サービス残業はほとんど見られないようになっていました。

実際には、ここに至るまでには、書ききれないほどの苦労や痛みがありました。もっと深刻だった事業所では、「業務改善・時間短縮」を真っ向から反対(所得減少へ抵抗)した一部職員が一斉に退職し、一時、事業所存続の危機さえも生まれましたから、すべてが上手くいったわけではありません。(福祉事業部門管掌役員の指導力の問題も含めて問題の所在は複雑でしたが)

しかし、少なくとも、現在の状況として、3Kとか5Kという言葉は当てはまらないほど、改善は進んでいますし、おそらく、現状も常に「業務改善」の視点で介護サービスの質向上へ努力していると思います。

長くなりましたので、二つ目の成果は明日の記事へ回します。

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